悠翔会が目指す「人を幸せにするための人間集団」とは
連載:【在宅医療経営】患者さんも医療従事者も幸せになる在宅医療
2023.11.09
前回記事に続き、首都圏で最大規模の在宅医療チーム『悠翔会』を率いる佐々木淳氏に、同組織が「人を幸せにするための人間集団」になるための取り組みについて伺いました。
(記事内容は2019年取材日時点のものです)
首都圏で最大規模のチーム在宅医療を展開
―悠翔会についてお聞かせください―
私が32歳の時に、数人の仲間と理想の在宅医療の実現を目指して水道橋に在宅医療のクリニックを開設しました。2006年8月のことで、それが悠翔会のスタートとなりました。
2019年2月の時点では、全職員200人を超える在宅医療に特化したグループ診療の集合体となっています。
悠翔会は精神科、皮膚科・形成外科、整形外科、麻酔科、緩和ケア科などの専門医に加え、歯科医師、歯科衛生士、看護師、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、按摩マッサージ指圧師など、多職種による在宅総合診療を提供しています。
クリニックは首都圏に11か所あり、全て機能強化型在宅療養支援診療所です。それぞれの訪問範囲はクリニックから半径3km程度と小さく、地域に密着した在宅医療を行っています。2019年4月1日には12か所になります。
法人全体の経営や運営の方向性は代表の私が判断しますが、各クリニックは独立運営で、それぞれの地域のニーズに応じた診療サービスをカスタマイズする権限は各院長に委ねられており、悠翔会の基本理念に基づいて運営されています。
人事に関しては、常勤医の採用には私も関与しますが、非常勤医師や看護師、スタッフの採用に関しては、それぞれの院長の裁量で行い、診療チームが個々に組まれていきます。
患者さんは主治医に最期まで診てもらいたいはず
悠翔会が在宅医療専門の医療機関として成長し、現在も患者さんが増え続けている理由は、在宅医療に取り組まれるかかりつけ医がまだまだ少ないこと、つまり首都圏の地域医療が高齢化に十分に対応できていないということでもあると思います。
患者さんにとっては、長い付き合いの主治医に最期まで診てもらえることが一番幸せなはずです。
かかりつけ医の先生方に在宅医療を躊躇させる一番のネックは休日・夜間対応や24時間対応です。開業医の高齢化も進んでおり、難しい問題です。
在宅医療は24時間対応ですから、極論を言えば24時間働かなければならないということです。最近話題になっている働き方改革とは対極にあると言えるかもしれません。
日本の在宅医療は、在宅医の使命感だけで支えられているといっても過言ではありません。
それでも、例えば10人の在宅医がチームを作り、夜勤を交代制にすれば、夜間対応は10日に一回になるし、夜もしっかり眠れます。そういう在宅医療のチームが地域ごとに作ることができれば、在宅医の負担は大きく軽減できるはずです。
主治医として4000人、副主治医として3000人を診る
悠翔会では、2010年に「救急診療部」を創設して、平日の日勤帯シフトと時間外シフトを完全に分離しました。休日・夜間専従医師による当直システムです。
ですから、日中の訪問診療を担当する悠翔会の常勤医師たちは、休日・夜間の診療は行いません。診療所の定時以外の勤務もありません。
全ての患者さんの情報は電子カルテ上で共有されています。また、緊急時や終末期の対応方針について患者さんと主治医が日ごろから話し合いを重ねておけば、主治医以外の当直医であっても急変対応に困ることはありません。
また、救急診療部では、地域の在宅医の休日・夜間対応をバックアップしています。現在、バックアップしている法人外の患者さんは約3,000人いいます。
つまり、悠翔会が主治医として診ている患者さんが4,000人、副主治医として休日・夜間だけ診ている患者さんが3,000人ということになりますので、全体では7,000人の患者さんを診ているということになります。
その結果として、在宅患者さんを増やされている先生や、在宅医療に取り組まれるようになった先生も少しずつではありますが増えてきています。
夜中の往診や看取りにも私たちが対応できるので、重篤な方や看取り期の方をより多く診るようになった先生もおられます。
私たちは、あくまでも主治医の医療チームの一員という立場
―副主治医制による休日・夜間のバックアップで、患者さんがそれまでの主治医から悠翔会に移ってきてしまうということはないのですか。―
これまでの6年間の取り組みの中で、バックアップに入っている患者さんで、主治医を悠翔会へ替えた患者さんは一人もいません。私たちの役割はあくまでも、チームの一員として主治医の診療を後方からサポートすることです。
バックアップしている患者さんの休日・夜間対応をしっかりと行うためには、連絡が入った時に、その患者さんの情報がリアルタイムで把握できていなければなりません。
ですから、かかりつけの先生と電子カルテも共有しています。電子カルテには、私たちの当直医が対応に困らないよう、日ごろの診療内容、緊急時や終末期の対応方針など、十分な情報の記載をお願いしています。
また、この連携において、もっとも重要になるのは、主治医の先生と患者さんの信頼関係です。そこがしっかりしていれば、夜間に他の先生が来ても、患者さんは安心して診療を受けることができるのです。
「人を幸せにするための人間集団」
悠翔会は自らを「人を幸せにするための人間集団」と定義しています。そして「かかわったすべての人を幸せに」が法人の理念です。
どんな状態にあっても、目の前の人を幸せにすることが私たちの仕事だと考えています。
臨床(英語: clinic)の語源は古代ギリシャ語で「病床に寄りそう」を意味するクリ二コス(klinikos)にあります。医師にとっての臨床の本来の意味とは、患者さんのそばに寄り添うことと言われています。
私たち医師は、病院でトレーニングを受けると、医師の仕事とは病気の診断をして治療をすることであると考えがちです。しかし、患者さんが本当に求めているのは救済であり、安心感です。
それは手を握って、目を見て、「大丈夫ですよ」と声をかけてあげることかもしれません。自分の指先で脈を取り、丁寧に胸の音を聴診することかもしれません。その原点は忘れないようにと思っていますし、在宅医療はそれに非常に近いと感じます。
一方で、 特に在宅医療では患者さんの多くは主治医を選べません。気に入らないからとドクターショッピングをする人は少ないので、「佐々木先生、主治医として最期までお願いしますね。」となります。
ですから私の勉強不足・努力不足で、目の前の患者さんが不幸になることが絶対にあってはなりません。あらゆる可能性の中で、全力でその人に寄り添い、支援し続けます。
自分たちの取り組みをディスクロージャーする
私たちは自分たちの診療成果を可視化し、2012年から毎年、「診療満足度調査結果」と「悠翔会アニュアルレポート」として公開しています。
その目的は2つあります。一つは保険医療という公共事業を担っている以上、費用負担者の方々に説明責任を果たすことです。もう1つは、自分たちの診療の質を客観的に評価し、医療者として成長していくことです。
これらはいわば私たち自身の「通信簿」。患者さんからの率直な声は励みにもなりますし、経年的に改善点も見えてきます。
(続く)
森口敦 ドクタージャーナル東大生チーム・コーチ兼メンター