#05 『沼田市認知症にやさしい地域づくりネットワーク』の設立に尽力

群馬県沼田市の医療法人大誠会内田病院 理事長 田中志子(たなかゆきこ)氏は、故郷の沼田市が大好きで、慢性期医療が大好きという。 田中志子氏は「地域といっしょに。あなたのために。」の理念を掲げ、「大切な、この故郷のために、地域の老若男女が安心して生きられるようなまちづくりをしたい。医療を通じてまちづくりに貢献したい。医師という専門職の立場から地域を見つめ、まちづくりに役立ちたい。」と話す。 「沼田市認知症にやさしい地域づくりネットワーク」の設立など、幅広い活動で地域に貢献する。 (『ドクタージャーナル Vol.19』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

― 沼田市では多くの市民の協力を得て、平成17年に「認知症にやさしい地域づくりネットワーク」をスタートさせ、高齢者への日常生活におけるさりげない見守りや所在が不明となった人をすみやかに発見・保護し、その後の生活を側面的に支援していく地域づくりを進めていて、行方不明者の保護に一定の成果を上げている。


ネットワークでは、高齢者が所在不明になった時には、24時間体制で沼田警察署生活安全課が対応し、家族や関係者からの連絡を受ける。通報を受けた沼田警察署では、家族や通報者の了解を得て、市内関係機関やタクシー会社、ガソリンスタンド、コンビニなどのネットワーク協力機関・団体にファクス等による所在不明情報を送り、いち早く発見できるよう協力を依頼する。メール登録会員へはメールにて情報提供を行い、地域エフエム放送による情報提供も行う。―

沼田市認知症にやさしい地域づくりネットワークは、基本は徘徊SOSネットワークです。

私が認知症に関わり始めたのは平成12年位からですが、その頃、国立長寿医療研究センターの遠藤英俊先生や、永田久美子さん(現認知症介護研究・研修東京センター研究部長)たちと一緒に活動をする中で、日本で初めて回想法を地域の中に取り入れ、介護予防、認知症予防の地域づくりを行っていた愛知県師勝町(現在の北名古屋市)の取り組みを知りました。

当時の師勝町におけるまちづくりの取り組みは、先進的で非常な驚きでした。私は沼田市でも是非この取り組みをしたいと思い、遠藤英俊先生やシルバー総合研究所の来島修志先生から「地域回想法」や、まちづくりの取り組み方などを教授していただきました。

しかし地域ぐるみの取り組みとなると、一病院の取り組みではなく、行政を巻き込まなければ実現は不可能です。それまでは沼田市で医師から行政に働きかけて活動することなどありませんでした。

そこで、退院患者さんの配食などで既に作り上げていた当院と沼田市とのチャンネルを活用して交渉し、最初は沼田市の施設を借りて認知症セミナーを行うことから始めました。

当時はまだ痴呆症といわれていた頃で、まずは行政に認知症について知ってもらうところからのスタートでした。

そのような活動を進めていくうちに、沼田市でも徘徊SOSネットワークを作ろうという機運が高まっていきました。

ただ当時から私は、徘徊SOSネットワークも大切ですが、徘徊している人を地域の住民が見ていてお互いに支えあう、認知症の人に理解のある町を作ることがより重要ではないかと思っていました。そこで、時間と手間をかけて地域の人と一緒に街づくりに取り組みました。

現在では沼田市行政の核となる活動となっています。

この沼田市にネットワークを作ろうと最初に言い出したのは私の父でした。

父は徘徊で亡くなられてしまう患者さんがいる状況を何とかしたいという強い思いから、行政、社会福祉協議会、在宅支援ネットワークなどに精力的に働きかけて、地域の徘徊SOSネットワークづくりをスタートさせました。

そこに私も協力して、最初は大牟田市高齢者等SOSネットワークのノウハウを参考にして地域ネットワークを立ち上げました。

子供を巻き込んだ地域の活動にするために、市長や教育長に働きかけて、小学校で模擬徘徊訓練も行うようにもしました。

また、現在は認知症ハイリスク者登録制度も推進しています。これは認知症の徘徊リスクのある方を事前に登録し、ケアマネ、警察署、家族などが地域ぐるみで見守る制度です。家族や地域の理解がないと進みませんが、沼田市ではこれも地域全体の協力で推進されています。

今の沼田市認知症にやさしい地域づくりネットワークは、大牟田市高齢者等SOSネットワークに、雪が降る地域性を考えて釧路地域SOSネットワークをミックスしています。現在では沼田市行政の核となる活動となっています。

ここに至るまでには10年以上掛かりました。途中、紆余曲折もありましたが、多くの関係者の熱意と協力で今に至っています。

このようなネットワークの運営は、行政が主体になる方がスムーズに進むと考え、私はあくまでも黒子に徹して医療側の立場からサポートしています。

この記事の著者/編集者

田中志子 群馬県認知症疾患医療センター内田病院 センター長 

医療法人大誠会 理事長、社会福祉法人久仁会 理事長、群馬県認知症疾患医療センター内田病院 センター長。医学博士、日本内科学会総合内科専門医、日本老年医学会老年病専門医、日本認知症学会認知症専門医・指導医、認知症サポート医、認知症介護指導者、日本医師会認定産業医、介護支援専門員。日本慢性期医療協会常任理事、特定非営利法人手をつなごう理事長、特定非営利法人シルバー総合研究所理事長。

この連載について

生まれ故郷をこよなく愛し、大好きな慢性期医療に取り組む

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。