#03 理解することから始まるのが、レビー小体型認知症のケアです。

レビー小体型認知症(ⅮⅬB)は、認知症全体のおよそ2割を占めるとみられている。 「認知症専門医であっても、ⅮⅬBを他の疾患と誤診していることが非常に多い。最も問題なのは、誤診により、多くのⅮⅬBの患者さんの適切な治療が手遅れとなっていることです。ⅮⅬBは早期発見・早期治療で、認知症の発症や進行を遅らせることができる病気なのです。」と、正しい早期診断の意義を、世界で最初にレビー小体型認知症を発見した小阪憲司氏は語る。 (『ドクタージャーナル Vol.15』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

患者さんはよくわかっています。

私の医師としての信念とは、「患者さんをしっかりと診る」の一言に尽きます。

ある90歳のレビー小体型認知症の老婦人の患者さんが私に「この頃のお医者さんは、コンピュータばっかり見ていて私の顔も見ないで診察する。私の身体にも触らない。それで診察が終わってしまう。これでいいんでしょうか。」と話されたことがあります。驚くでしょう。これがレビー小体型認知症の患者さんの話なのです。

このことには多くの示唆があります。つまりレビー小体型認知症は高齢な患者さんであっても、初期の段階では認知機能はしっかりしているのです。この話を講演会で行うと、聴衆の多くの方々がうなずきます。

施設に訪問診療に行っても、レビー小体型認知症の患者さんはスタッフのことをしっかりと観ていることに気づきます。誰が良い介護士で誰が悪い介護士だとか、しっかりと感じています。

また、レビー小体型認知症のケアでは、パーソンセンタードケアに加えて、レビー小体型認知症をよく知ったうえで、レビー小体型認知症にあったケアをしなければいけません。

例えば幻視の場合でも、本人にははっきりと見えている。しかもその不自然さに本人は気付いてもいます。ですから、それを否定するのではなくて、理解することからケアするのがレビー小体型認知症のケアなのです。

現状の医療制度の課題もあります。

認知症の初診で重要なのは、しっかりと時間をかけて診断することにつきます。

私の場合、患者さんの初診には長時間を掛けますので、診察は午前に一人、午後に一人と1日に2人しかできません。それだけ時間をかけないと正しい診断ができないからです。

レビー小体型認知症では初診で正しい診断をつけることが最も大切なのです。効率を優先することは難しい。その他に施設の患者さんの訪問診療も行っていますが、診ることができる患者さんの数にはおのずと限界があります。

医療経営の視点で見れば非常に厳しい現実があります。私も随分苦労しました。今の医療制度の下では、若い医師であっても経験豊かな専門医であっても、また、診察にかける時間が5分でも、30分でも、2時間でも初診料は同じです。

地域のかかりつけ医にとっては、他の患者さんの診察や医療経営の観点から見ても、一人の患者さんにそんなに時間をかけられない。ここが、地域のかかりつけ医が認知症に取り組むことの難しさではないでしょうか。

これは医療行政や保険制度の課題でもあります。これから認知症は確実に増えていきますし、特にかかりつけ医の役割は大きくなってきます。ですから、診療報酬などの医療制度上の解決策も、今後の行政に取り組んで欲しい重要なテーマだと思います。

レビー小体型認知症の治療薬として世界で初めてアリセプト®が承認される。

最近では、治療薬としてアリセプトが厚生労働省に承認されたこともあり、レビー小体型認知症もだいぶ知られてきています。今が過渡期かもしれません。

アリセプトのレビー小体型認知症への有用性に関していえば、レビー小体型認知症においては、アルツハイマー型認知症よりも神経伝達物質のアセチルコリン系の障害が強く、神経細胞脱落がアルツハイマー型認知症よりもより多く目立つことが神経病理学的に明らかであり、私はアリセプトがアルツハイマー型認知症以上にレビー小体型認知症に効果があると考えていました。そこで早い時期から治験を行いました。

その効果は1999年にアリセプトがアルツハイマー型認知症の治療薬として認可された翌年の2000年という比較的早い段階で判明していました。

2007年から開始した第二相試験においても、認知機能だけでなくBPSDに対しても良い成績が出ました。しかし当時は外国で認められていないからという理由で承認されませんでした。

第三相試験を経てやっと承認されたのが2014年9月です。認められるまでに非常に長い時間と苦労がかかりました。私がレビー小体型認知症を学会発表してもなかなか認めてもらえなかったのと一緒です。

認可されるまでの、その間に失われたレビー小体型認知症の患者さんの損失は多大と思われます。

―小阪先生は、「アルツハイマー型認知症に対してアリセプトを用いる場合、3mgから処方を始めるのが一般的ですが、レビー小体型認知症にはこの用量でさまざまな副作用が生じることがあります。たとえば、イライラが高じたり、攻撃的になったりするほか、胃腸などの消化器に不調をきたすことがあります。したがって、レビー小体型認知症の人の処方にあたっては、より少量から始め、少しずつ増量していくのが無難であるという意見もあります。」(レビー小体型認知症の介護がわかるガイドブックより)とも述べられており、「3mgで副作用が出る人もいるので、その場合には、1mgや2mgを使ったりします。とはいえ、一般的にはアリセプトの3mg→5mg→10mgへと増量していくのが通例です。10mg→5mgへ減量することもあります。」とも、使用に関してはより慎重な注意を歓呼されておりますね。―

小坂憲司

「レビー小体型認知症研究会」を立ち上げる。

2006年11月に横浜で国際ワークショップが開催されたのを機会に、翌2007年、国内においてレビー小体型認知症を正しく紹介することを目的として、レビー小体型認知症研究会を立ち上げました。現在この研究会には、300人ほどのドクターが全国から参加しています。

毎年11月に横浜で全国大会を開催しています。2015年12月には、アメリカ・フロリダでDLB国際会議が開催され、私もそこで講演を行いました。

近年制作された「妻の病│レビー小体型認知症│」というドキュメンタリー映画があります。 統合失調症と誤診され3年間にわたり抗精神病薬を処方され続けた結果、正しい診断がついた時には、すでにレビー小体型認知症が相当悪化してしまっていた奥様と医師である夫との夫婦愛の生活が描かれています。

レビー小体型認知症は抗精神病薬に過敏性がありますから、これは誤診が生んだ悲劇です。しかし稀なことではないのです。日本中のいたるところで起きていることなのです。先ほど述べましたが、現場では家族やケアする人たちが最初に、どうもアルツハイマー型認知症とは違うのではないかと気づくことが多い。

しかし、その情報が診察や治療に生かされていない現実がある。結果として、ご本人や家族の方たちが大変な苦労をされている。今やアルツハイマー型認知症に次いで2番目に多いとされるのがレビー小体型認知症です。

専門医も含めて多くの医師がレビー小体型認知症の診察、治療について十分な知識と情報を持つことが絶対に必要なのです。ですから、今後さらに多くの心あるドクターにレビー小体型認知症研究会に参加して頂きたいと願っております。

家族会「レビー小体型認知症サポートネットワーク」を立ち上げる。

併せて、レビー小体型認知症ご本人とご家族の交流や病気の正しい知識の普及を目的に家族会として、「レビー小体型認知症家族を支える会」を立ち上げました。

2015年からは名称を変更して「レビー小体型認知症サポートネットワーク」となっています。 既にある家族会の多くは主にアルツハイマー型認知症が対象です。

しかし、レビー小体型認知症ではご本人や家族の方の悩みやご苦労には特有のものがあります。ですから正しい知識を持つとともに同じ病気をかかえる仲間と専門家のサポートが必要です。そこで、2008年にレビー小体型認知症の家族会を発足しました。

この家族会の特徴は、それまで多くある家族の方を中心とした家族会と違い、レビー小体型認知症の家族やケアスタッフだけでなく、医師がサポーターとして参加し、一緒になって運営しているという点です。ですから家族会を開催する時には必ず顧問医となっている医師が参加します。

現在は全国で、札幌、青森、宮城、福島、東京、神奈川、愛知、岡山など18カ所のエリアで、各エリアの責任者と顧問医を中心に交流会やフォーラムを開催していますが、今後も随時活動エリアを増やしてゆく予定です。

それと、全エリアの共同イベントである総会を、毎年行われるレビー小体型認知症研究会の第一部で開催しています。また家族会のホームページでは、「レビー小体型認知症の診断・治療ができる専門医師一覧」を掲示して、どなたでも専門医に気軽に相談ができるようにしています。

一人でも多くの人にレビー小体型認知症を知っていただきたい。

今までも臨床医一筋ですが、これからも目の前の患者さん一人一人にしっかりと向き合い続けていきたいと思っています。

75歳を超えた今も、週の内4日間は患者さんを診ています。高齢者の患者さんが多いですが、私自身も後期高齢者です(笑)。

土日は主に講演などの啓発活動で全国を飛び回っていますが、多い時には講演が週3回以上入ることもあります。月曜日の1日だけ休みを取っていますが、これも講演の準備とかで忙殺されることも多いです。

とにかく、一人でも多くの人々に知って欲しい。

レビー小体型認知症は特に誤診が多い。正しい知識の下に、しっかりと診察し、早期発見、早期治療ができれば、有効な治療ができる病気なのです。

レビー小体型認知症は日本で発見された病気です。だから日本が診断、治療の最先端になるべきなのです。今、多くの後継の若い医師たちが増えてきています。頼もしい限りです。

レビー小体型認知症の国際診断基準
表8/レビー小体型認知症の国際診断基準

この記事の著者/編集者

小阪憲司 横浜市立大学 名誉教授 

1939年三重県伊勢市生まれ。1965年金沢大学医学部卒業。1976年大脳皮質にも多数のレビー小体が出現する認知症を報告。1980年「レビー小体病」を提唱。1984年びまん性レビー小体病を提唱。1991年横浜市立大学医学部精神医学教室教授就任。1995年第一回国際ワークショップ(イギリス)で、これまでの研究成果がレビー小体型認知症(DLB)として命名される。2003年横浜市立大学医学部精神医学教室名誉教授。『レビー小体型認知症の診断と治療』、『レビー小体型認知症がよくわかる本』など著書多数。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。