#03 日本の医療制度 新たな仕組みの提案 「保険の二階建て」

がんの病理医である西原先生が日本の医療制度について語る本連載、3記事目となる本記事は、がんの検査と治療における問題点を解決するために実現すべき仕組み「保険の二階建て」についてです。

1記事目, 2記事目のまとめ

1記事目ではがん検査、2記事目ではがん治療における医療制度の問題点を見てきました。がん検査においては治療の前段階で行うべき遺伝子パネル検査が標準治療の後に行われていること、がん治療においては混合診療の禁止によって保険適用外の分子標的薬を利用しづらくなっていることが問題です。では、これらの問題を解決するためにはどのような仕組みづくりをする必要があるのでしょうか。

西原先生が提案する仕組み「保険の二階建て」

まず、遺伝子パネル検査が治療の前段階で行われるような仕組みを作らなければなりません。その上で、保険適用外の分子標的薬を含め、患者が自分に最適な治療を選択する必要があります。その理想形が「保険の二階建て」です。

まず、検査について。治療開始前の病理診断の段階で遺伝子パネル検査をするべきです。これにより患者のがんをより細かく分類することができ、より効果の高い治療法を追求することができます

次に、治療について。必要な混合診療を認めることにより、保険適用外の分子標的薬を使用しやすい仕組みづくりをするべきです。多くの患者に需要のある薬剤は、一般に保険適用されています。上の図で言うと、殺細胞性抗がん剤、分子標的薬A, Bは保険適用されているため、患者は3割の負担で使用することができます。一方で、一部の患者にしか需要がないがゆえに保険適用されていないものが、分子標的薬C, Dです。これらは自由診療であるため、保険診療との併用が禁止されており制度上治療に取り入れるのが難しいです。取り入れると、それと併用される保険診療が患者の全額負担となってしまいます。しかし、保険診療と自由診療の併用が認められるようになれば、保険診療は3割負担で、自由診療は全額負担でこれらを併用できるようになります

そして、自由診療は自由診療に対応した保険でカバーすることにより、患者は自分に必要な保険に新たに入ることで治療が受けやすくなるのです。これを「保険の二階建て」と呼んでいます。車の保険が自賠責保険と任意保険に別れているのと同様に、医療保険も国民皆保険と任意保険に分ければより患者が楽に治療を受けられると思うのです。今ももちろん医療の任意保険は多数存在しますが、混合診療が禁止されている以上、保険診療と自由診療の “二階建て” の医療を受けることができないため、患者が適切に治療を受けられているとは言い難いです。

医療はどんどん発展しており、今や個別化医療の時代です。検査・治療ともに個々の患者が最適な選択をできるように医療制度を変えていく必要があるでしょう。

混合診療禁止の原則

ここでもう一度、混合診療禁止の原則(※1)を振り返ってみましょう。

  1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ
  2. 科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ

#02で記したように、「保険適用外の分子標的薬の併用」においては「1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ」があることが懸念点でした。しかし、上で言及した「保険の二階建て」を実現することができれば、併用する保険診療を3割の費用で受けられるだけでなく、各々の患者が自分に合わせた保険に入ることで自由診療の費用を抑えることができます。これにより、「1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ」を取り除くことができるのです。また、科学的根拠に基づいた個別化治療には「2. 科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ」がありません。このことから、「保険の二階建て」は、混合診療が生み得る "おそれ" を持たない、患者が適切な医療を受けられる仕組みとして機能すると期待できます。

「混合診療だから禁止」という今の仕組みを、「認められる理屈がある混合診療は認める」と変えていく足掛かりになればと思います。

※1 厚生労働省「保険診療と保険外診療の併用について」

西原先生の思い

技術の向上に伴って医療が進化を重ねたことで、医療の仕組みは従来の保険制度では対応できないほどに複雑化しています。ですので、今の医療を適切に受けられるようにするためには、制度から変えていかなければなりません。この問題を解決するために、まずは我々国民一人ひとりがこの問題を理解していきましょう。

あとがき

ここまでの3記事の内容を通して、がん医療における医療制度の問題について扱ってきました。検査においては、遺伝子パネル検査を適切なタイミングで受けられるようにすることが、すべての患者が最適な治療を見つけるために重要です。治療においては、混合診療だからといって頭ごなしに否定するのではなく、混合診療禁止の原則に反さないものは認めるようにすることが、すべての患者が最適な治療を受けるために重要です。そのために重要な考え方が「保険の二階建て」です。そしてそれを実現するためには、がん患者含め一般の方々の理解が深まることが大切です。本連載で紹介した問題点を理解し広めていくことで、医師や政治家だけでなく私たちも医療の進歩に参加していきましょう。

<慶應義塾大学 がんゲノム医療センター>
ホームページ:https://genomics-unit.pro/

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(島元)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。