#06 いままでの長寿礼賛から、これからは豊かに生きることへの価値観の転換が必要

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

長寿ゆえに増える認知症

予防をすれば認知症は減らせると思っている人たちがいます。残念ながら現時点では、一部の認知症を除いて認知症を完全に予防することはできません。

極論しますと確実な認知症予防とは長生きをしないことです。発症する前に寿命を終えるということです。予防で発症リスクを減らすことはできます。例えばエクササイズなどは同時に健康効果もありますから寿命が延びます。

ところが、認知症は高齢化と共に発症リスクが高まります。80歳で5年長生きすると発症率が20%から40%と倍増します。95歳以上では80%というデータもあります。

つまり、長寿と認知症はセットになっているのです。予防で5年長生きすると、同じ年齢での有病率は減りますが、5年先で認知症になりますから、国全体での総数では減らないのです。

認知症の予防とは、発症の先送りであって、長生きをすることでいずれは認知症になるのです。

長く生かすという医療はいまだに多い

フランスなど欧米では認知症終末期の胃ろうは虐待だと捉えられます。私はこの考え方に賛同します。

しかし日本では、一日でも長く生かすのが医療の使命だと思っている医師がいまだに多いように感じます。延命治療で患者さんが長く生きるほど、医師としての責務が果たせたと思っている。しかし、される本人は本当にそれを望んでいるでしょうか。

同様に、親に胃ろうや延命治療を望む家族もいます。しかし、自分の時にはしないで欲しいと言う。これもおかしい話です。本人のためにというよりは、世間体とか親族からの叱責とかを気にして、親を延命させようとする家族が多い。まだそのような価値観が、日本の医療や世の中に多いように感じます。

長寿を目指すだけの医療が作り出したひずみ

長生きさせる医療を進めるのであれば、同時に長生きしても幸せに生きていける社会インフラの基盤を作ってこなければならなかった。車の両輪と同じです。しかし、長寿のための医療だけが独り歩きしてきた。

現在でも高齢者の貧困問題が深刻なのに、例えば2050年には高齢者の7割が貧困層と予測されています。

長生きはしているけど1700万人が貧困層で、そのうち1200万人は生活保護が必要な高齢者という予測データがあります。長生きしているけど幸せではない高齢者が世の中に溢れてくるのです。

このひずみがあるのに、日本は長寿大国などと誇ることはできないと思っています。これからは、これ以上長生きするための研究よりは、長生きした人が如何に幸せに生きていけるかの研究こそが重要ではないかと思っています。

豊かに生きることへの価値観の転換

長く生きること、とにかく長寿こそが素晴らしいという今までの長寿礼賛の価値観を改めるべきではないでしょうか。

これからは長く生きることよりは豊かな老後を過ごすこと、長さよりは豊かさを求めるべきではないかと考えます。

90歳を過ぎても老後の生活を心配したり、老後に備えて苦しい生活を我慢したりする人生はどこか違う。これからは長寿を求めるよりは、人生を楽しむこと、豊かな人生を生きることに価値観をシフトチェンジすべきと思います。

その豊かさとは、次の世代に何らかの形で寄与する生き方にあるのではないでしょうか。高齢者であっても世の中に貢献する生き方が求められていると思います。

今一番大切なことは子育て支援

今、一番大切なことは子育て支援です。医療財政の面からも、子供を安心して生めて、楽しく育てることができる、元気な子供がたくさん増えていく世の中にしていかなければならないと思います。そうしないと日本は滅びてしまうでしょう。

これからは、元気な高齢者が地域で活躍し、地域の子育て支援を行うことが求められてくるのではないでしょうか。

山口晴保氏の今までの主な研究内容

  • 認知症、特にアルツハイマー病の病因・病態の解明と治療法の開発
  • 認知症に対する脳活性化リハビリテーションの開発
  • 地域リハビリテーション支援体制の推進
  • 介護予防の普及・啓発に関する研究

この記事の著者/編集者

山口晴保  認知症介護研究・研修東京センター長 

群馬大学名誉教授、認知症介護研究・研修東京センター長。認知症専門医、リハビリテーション専門医。
アルツハイマー病の病態解明を目指して、脳βアミロイド沈着機序をテーマに30年にわたって病理研究を続けてきた後、認知症の臨床研究に進む。認知症の実践医療、認知症の脳活性化リハビリテーション、認知症予防の地域事業などにも取り組む。群馬県地域リハビリテーション協議会委員長として地域リハビリテーション連携システムづくりに力を注ぐとともに、地域包括ケアを10年先取りするかたちで、2006年から「介護予防サポーター」の育成を進めてきた。2005年より、ぐんま認知症アカデミーの代表幹事として、群馬県内における認知症ケア研究の向上や連携に尽力している。

この連載について

患者さんや家族のQOLを高めることが認知症の実践医療

連載の詳細

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。