#02 山口晴保氏 が提唱する「脳活性化リハビリテーションの5原則」とは

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

本人の残存機能を伸ばすほうが現実的で大切

認知症のリハビリテーションには、回想法とか現実見当識訓練とかいろいろな手法が提唱されています。

一方で、それらの手法が認知症に本当に有効なのか、エビデンスはあるのか、という意見もあります。

しかし一つ一つの手法についてのエビデンスを検証するとしたら大変なことです。

そこで、方法論にこだわるのではなく、どのような手法でも良い結果を導き出すための脳活性化リハビリテーションの原則を作ろうと考えました。

それが、私が提唱している脳活性化リハビリテーションの 5 原則です。この原則に基づきリハビリテーションに関わることが大切と考えています。

一般にリハビリテーションというと、機能低下の面にフォーカスしがちです。例えば認知症であれば記憶力を良くさせようとします。

しかしそのようなリハビリテーションは、させられている当事者にとっては辛いことが多いのが現実です。

ですから、認知機能を高めることよりは、認知症になっても残っている本人の能力に目を向け、それを使って楽しいことをやりながら本人の残存機能をさらに伸ばしてゆく。

ひいては生活機能も上げていくことのほうが現実的で大切だと考えたのです。

脳活性化リハビリテーションの原則とは簡単に言えば、

  1. 楽しくやる、そして、快刺激が笑顔を生み意欲を高める。
  2. 褒めることがやる気を生む。
  3. 楽しいコミュニケーションや会話が安心を生む。
  4. 役割によって生きがいが生まれる。
  5. 失敗を防ぐさりげない支援。

ということです。

認知症があっても前向きに楽しく生活できることを目標にするべきなのです。私はそういう視点から認知症のリハビリテーションを提唱しています。

実際に臨床現場では、軽度の方から重度の認知症の方まで幅広く様々な効果が見られています。

中には認知機能が良くなる方もいますし、鬱的な方が明るくなることもあります。また身体活動量が増える方もいれば、生活機能まで上がる方もいます。

 『 脳活性化リハビリテーションの 5 原則 』

認知症の脳活性化リハビリテーションでは、以下の5原則に基づき患者・介護者や療法士間の相互のポジティブな働きかけを通して向社会的な意欲を引き出すことが、BPSDの低減、QOLの 向上、生活能力の向上などの効果を生み出すと考える。

[ 快刺激 ]

快刺激により笑顔が生まれることで脳内にドパミンが多量に放出され、学習意欲・やる気の向上につながる。スタッフ側も笑顔になることで笑顔が笑顔を生み出す。また、快適な環境の設定も重要である。

[ ほめあい ]

対象者をほめる・受容する。ほめられることは人間にとって最大の報酬であり、ドパミン神経系の賦活により意欲の向上につながる。他人をほめることも大切であり、自己効力感や尊厳を高める。

[ コミュニケーション ]

他者と楽しい時間と場を共有することで安心感が生まれる。特に進行と共に困難となる社会交流についてはそれを踏まえた上で受容的に関わり、非言語的コミュニケーションも含め社会的相互交流の場を維持する。

[ 役割 ]

対象者が社会的役割を主体的に担うことができるようにかかわる。主体的役割の存在はその人が生きている拠り所となるものであり、疾患に関係なく人間として共通するものである。

[ 誤りを避けて正しい方法習得(errorless learning)]

認知症では誤りを基に試行錯誤からの学習は、困難だけでなく混乱を招き、ネガティブな感情のみが記憶に残りやすく学習の妨げにもなる。能力に応じたサポートで不要な失敗を避けつつ、正しい方法を繰り返し成功体験とポジティブな感情で終わらせる。満点主義が基本。

この記事の著者/編集者

山口晴保  認知症介護研究・研修東京センター長 

群馬大学名誉教授、認知症介護研究・研修東京センター長。認知症専門医、リハビリテーション専門医。
アルツハイマー病の病態解明を目指して、脳βアミロイド沈着機序をテーマに30年にわたって病理研究を続けてきた後、認知症の臨床研究に進む。認知症の実践医療、認知症の脳活性化リハビリテーション、認知症予防の地域事業などにも取り組む。群馬県地域リハビリテーション協議会委員長として地域リハビリテーション連携システムづくりに力を注ぐとともに、地域包括ケアを10年先取りするかたちで、2006年から「介護予防サポーター」の育成を進めてきた。2005年より、ぐんま認知症アカデミーの代表幹事として、群馬県内における認知症ケア研究の向上や連携に尽力している。

この連載について

患者さんや家族のQOLを高めることが認知症の実践医療

連載の詳細

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。