クリニックの運命は開業前に決まる!失敗しない開業場所の選び方
2022.05.23
せっかく開業するなら、患者さまが集まるクリニックにしたいと思いませんか?
実は、クリニック経営が上手くいくかどうかは、開業した時点でもうほとんど決まっています。この連載では、特に重要な「立地」について詳しくご紹介します。正しい立地を知ることで、患者さまが集まりやすいクリニックになるでしょう。
開業場所が重要なわけ
私はクリニック激戦区である新宿駅近くで、新宿駅前クリニックという診療所を運営しています。現在、常勤医師5名体制で1日あたりに新規患者さまが100人強、再来患者さまを合わせると合計400人ほどの患者さまが来院されます。
この経験を活かし、数年前から始めたのが医師向けの開業コンサルティングです。物件選びから関わり、ネット集患のノウハウもアドバイスすることにより、多くのクリニックが繁盛しています。
時には、既に開業した医師から経営相談を受けることもあります。今までに地域も科目も異なるさまざまなクリニックから相談を受けてきましたが、患者さまが集まらないクリニックには一つの共通点があることがわかってきました。
それは「患者さまが集まらない場所に開業してしまっている」ということです。地域や診療科にもよりますが、開業場所を間違えてしまうとネットなどの他の施策では焼け石に水でしかなく、移転以外に手の施しようがないケースも少なくありません。
そのような事態に陥る前に、この連載を参考にしながら適切な立地についての理解を深めていただければと思います。
患者さまの来院経路
クリニックを新規開業した際、最初の難関となるのが新規患者さまを集めることです。そのためには、患者さまが何をもとに来院を決めるのかを知る必要があります。来院経路は「①通りがかり」「②ネット検索」「③口コミ」の3つです。
「口コミで新規患者さまを増やせるからネットは力を入れなくても大丈夫」という声もありますが、新規開業にあたっては口コミによる集患が見込めません。口コミとは、既に来院したことがある患者さまによって広められるものだからです。そのため最初のうちは、通りがかったときに認知していただく工夫をしたり、ネット検索で見られやすくしたりする必要があります。
また、開業場所が決まれば、通りがかりまたはネットからの新規患者数の上限と、その時点での競合クリニックが決まります。
通りがかりでクリニックを知ってくださる人は数か月ほど経つと安定します。土地開発などでクリニック前の通行量が大きく変わらない限り、通りがかりをきっかけに来院される患者さまの数は変化しないでしょう。
一方、ネット経由の新規患者数は逆の推移を辿ります。一般的に、できたばかりのホームページは上位表示されにくいからです。ホームページを公開してから時間が経つにつれて徐々に上位表示されやすくなる傾向にあります。ですが、クリニックの開業地域におけるニーズ、つまりはクリニックを探す人の数は一定なので、上位表示されたとしても新規患者数には上限があります。
さらに、開業場所が定まることで、その時点での競合クリニックも決まります。ここで「その時点」としているのは、将来的に新規開業または閉業するクリニックが出る可能性があるからです。そのほか、自院の診療科目を増減させることで、競合対象が変化する場合もあります。
このように、開業場所を決めることで、ある程度の新規患者数とその時点での競合クリニックが確定するのです。だからこそ、開業場所選びには慎重にならなければいけません。
口コミ経由の新規来院
ここまでの内容を見て、「口コミ経由での新規獲得はどうなのか」と疑問に思われる方もいるでしょう。あえて記載しなかったのは、口コミ経由での新規患者さまを増やすことは、努力してもなかなか難しいと考えているからです。
世の中には評判の良い医師もいれば、評判の悪い医師もいます。差を生む原因として一つ挙げられるのは、独自の診療スタイルです。多くの医師は開業するまでに長いキャリアを積んでおり、自分なりの診療スタイルが確立しています。開業医に向いていないからといって、長年のスタイルを崩すのは至難の業です。そのため、どのような口コミをもらえるかは開業前の時点で確定しているという考えもあります。
努力することは大切ですが、診療に欠かせないコミュニケーション能力は、生まれ持った性質や育った環境によるところも大きいので、開業してから改善するというのは非常に難しいと言えるでしょう。このように、口コミで患者さまを集められるかは、医師の努力というより、もっと根本的な部分に関わっているのです。
ネット経由だと満足度が低い?
ネット経由で来院された患者さまは、クリニックに対する満足度が低い傾向にあります。ただ通りがかって知った、人に紹介されて知ったという方よりも、来院までに労力と期待をかけているからです。
おそらく通りがかって知っているクリニックもある中、わざわざネット検索したということは、それだけ「失敗したくない」という思いが強く、品質の高い診療を求めていると言えます。また、ネットであれば簡単に他院と比較できるので、数ある候補から選ばれたということは、無意識にせよ期待値が上がるのは当然のことと言えるでしょう。
ネット集患に力を入れるのであれば、ネットに掲載している情報と現実の乖離ができる限り小さくなるよう努めることが大切です。
通りがかりで知ってもらうには
誰もが知っているようなブランド力のある店舗であれば、その看板を見たときにしっかり認知・記憶されるでしょう。しかし、多くのクリニックは知名度が低いので、何を提供しているかまで伝わるように看板の工夫が必要です。
看板に載せる情報の優先順位
クリニックの外観だけでは、整骨院やマッサージ店、エステサロンなどと区別がつきにくく、しかも何科のクリニックかまでは分かりません。また、基本的に看板というのはじっくり見られるものではなく、視界に入った一瞬で認識されるものです。その本来の役割を考えると、大事な情報が目立ち、そして伝わりやすい看板が望ましいでしょう。
看板に掲載する情報の優先順位
- 診療科名
- クリニック名、階数(空中階の場合)
- 予約制の有無、診療時間、定休日、電話番号など
認知されやすい看板の位置
看板は見られなければ意味がありません。ですから、視認されやすい位置に設置することが重要になります。
多くの人は目の高さと同じかそれよりも下に目を向けながら歩いています。つまり、高すぎる位置に看板を設置したとしても認知のきっかけにはなりづらいということです。
既に行こうと決めた患者さまがクリニックがどこにあるのか見つけるには役立つかもしれませんが、高い位置の看板や目立たない・分かりにくい看板は「探そう」と思わない限り見つけてもらえないのです。
建物の構造上、どうしても高い位置にしか看板を出せないという場合でも、壁やガラスにだす壁面看板やウィンドウサイン(ガラスシート)、入口付近に出すスタンド看板を目線に合わせた低い位置に設けることで補いましょう。
また、看板は通行方向と垂直に設置すると、歩きながらでも内容を読み取りやすくなります。ビルのオーナーや面している道路次第では許可が下りない可能性もあるので、事前に確認しておくのがおすすめです。
看板のイメージ
看板に使用する書体によって、クリニックのイメージが変わります。ひと目でパッと分かることが前提ですが、一般的には角ゴシック体、丸ゴシック体、明朝体などが使用されます。たとえば小児科なら、親しみやすく柔らかいイメージのある丸ゴシック体。丁寧できちんとした印象にしたいなら明朝体といった具合に、ターゲット層や自院の特徴などに合わせて選びましょう。
イメージを左右する要素には色も欠かせません。クリニックの定番色と言えば青と白、または緑と白の組み合わせです。美容外科や婦人科であればピンクがよく使われます。しかし、周囲の風景と同化してしまい目立たないからと、あえて他院とは違うテイストの色味を選択するクリニックもあります。
どのような看板にするかは自由ですが、第一にクリニックらしいデザインにすることが重要です。こだわりを詰め込んだり、奇をてらったりして、何の看板か分からなくなっては作る意味がありません。
「クリニック 看板」などのキーワードで画像検索すれば、いろいろなクリニックの看板が表示されます。参考になる看板が見つかるかもしれません。
看板の確認は契約前に
先ほども少し述べましたが、物件の契約前に、看板を設置できる位置(クリニック前や壁面など)や大きさを費用まで含めて確認・交渉しましょう。場合によっては看板のデザインもオーナー確認が必要なこともあります。もし賃料や通行量など他の条件が同程度の物件で迷っているのなら、看板設置に関してより有利な方を選ぶと良いでしょう。
なお、実際に看板を発注する際は、複数の業者から相見積もりを取ることをおすすめします。広告代理店や内装工事会社から紹介を受けることもありますが、ネットで直接問い合わせた業者の方が安く済むかもしれません。
また、クリニックでは患者さんが迷わないように院内にサイン(受付、診察室、処置室、トイレなどの位置案内)を掲示する必要がありますが、サインの作成も看板制作業者に依頼します。外看板と一緒に見積もりを出してもらうと手間がかかりません。
患者さまが集まる立地の3条件
ここからは実際に、患者さまが集まる開業場所を選ぶうえで重要な3つの条件をご紹介します。
①需要が供給を上回る地域
年齢や性別ごとに、どれくらいの確率でクリニックにかかるか(受療率)は決まっています。その地域を生活圏とする人の情報を調べることで、需要、つまりは見込み患者数を把握することが可能です。
これはクリニックに限ったことではありませんが、何事も需要と供給のバランスが大切になります。需要が高い地域でも、供給源となる競合の数が多ければ、獲得できる患者さまは少なくなることは想像に難くありません。反対に、需要が高くない地域でも競合が少なければ、結果的により多くの患者さまを獲得できるでしょう。
つまり、1クリニックあたりの平均患者数が多い地域が、開業場所に向いているというわけです。
②競合が弱い地域
開業すれば、その地域にある同じ診療科のクリニックと患者さまを奪い合うことになります。ですから、競合は弱ければ弱いほど自院にとって有利になるわけです。
見極め方は至ってシンプル。先ほどご紹介した来院経路が整っていないクリニックほど脅威になりづらいと言えます。
- クリニックの場所が分かりづらい
- ネットで上位表示されていない、ネットにある情報が薄いまたは魅力的でない
- 口コミの内容が良くない
これらに当てはまる競合の数が多いほど、患者さまを集めやすい地域と言えます。
③認知度が高い場所
これまでの内容と重複しますが、①と②の条件をクリアしたところで、そもそも地域の方々に認知されなければ、効果的に患者さまを集めるのは難しいでしょう。
体調不良になったとき、真っ先に思い浮かべてもらえるクリニックになる。そのためには分かりやすい場所に開業し、常日頃から意識的にせよ無意識的にせよ、自院の存在を認知してもらうことが重要です。
認知されやすくするためには、人通りの多い場所を選ぶことも大切ですが、分かりやすい看板を設置できるか、間口の広さはどれくらいか、ビルの中に構えるのであれば何階になるのか……このようなことも意識しなければなりません。
ちなみに、人の流れを作り出す場所をTG(トラフィックジェネレーター=交通発生源)と言うのですが、開業するならTGに隣接した場所を狙うのが良いでしょう。駅、スーパー、大型ドラッグストア、100円ショップなどの顧客誘導施設などがTGにあたります。
また、信号待ちの間は周りに注意が向きやすいので、横断歩道や交差点の近くもおすすめです。
しかし、これらの場所にある物件が必ずしも認知されやすいかというとそうではありません。間口が狭く入口が奥まっていたり、2階以上の空中階で視界に入りにくかったりすることがあるからです。
私の運営する新宿駅前クリニックもそうでした。当初は駅近くのビル2階で開業したため、通りがかりでは患者さまが集まらなかったのです。通勤時間帯には1分間に50人以上の人が通りがかりましたが、通りがかったことがきっかけで来院した新規患者さまは1日にわずか2人ほどでした。
立地の将来性も踏まえて評価する
ご存知の通り、日本の人口は減少し続けています。それはつまり、日本全国の総患者数が減っているということです。しかし、クリニックの数は増え続けており、将来的には今以上に市場が激化すると考えられます。ですから、立地を検討する際は将来性も含めて評価することが必要です。以下に4つの評価基準を挙げました。
①将来的に人口が増える地域か?
人口予測は多くの自治体で公表されています。近年の人口流出入量や再開発計画などをもとにしたものです。
今後、人口が増えていくと予想される地域では、クリニックへの需要も増えると考えられますが、競合が誘致される可能性も高くなります。減少地域においては、この逆のことが言えるでしょう。
どちらが良いとは一概に言えませんが、自院の強みや競合の性質をもとに慎重な判断をしてください。競合が弱く需要拡大の見込みもある最適な立地だったはずが、続々と強力なクリニックが参入してきてしまったという例もあります。
②開業人気エリアか?
医師が好んで開業する人気エリアをご存知ですか?
関東であれば主に都心の5区と山手線周縁部、横浜市が挙げられます。言うまでもなく、これらのエリアは他と比べて競合が増えやすいです。しかし、人気のないエリアなら競合が増えにくく安定した経営がしやすいと考えられます。
③近隣に開業しやすい物件があるか?
近隣に開業しやすい物件がどのくらいあるかも重要な指標です。多くのクリニックは20坪~50坪で開業します。クリニックの開業に適した物件がどの程度なのかも確認するようにしましょう。
④競合に後継者はいるか?
新規開業にあたって競合調査は必須です。その際、院長の年齢を把握しておくことをおすすめします。高齢であればネット集患に弱く、閉業の可能性も高い傾向にあるからです。しかし、高齢の院長=安心というわけではありません。
代替わり後、後継者によって盛り立てられる恐れがあります。後継者がいなくても、後々第三者に事業継承される可能性もあるので、そのクリニックは売買価値があるのかといったことまで含めて調査することが必要です。
自身の未来も考えた立地選び
これまでコンサルティングをしてきた経験上、開業志望の医師の多くは開業してから2~3年後くらいまでのことしか考えていません。「患者さまを増やして黒字化し、できるだけ早くに借金を返そう」と目の前のことでいっぱいいっぱいになるのは当然だと思います。
しかし開業したらゴールではないのと同じように、借金を返し終わったらゴールというわけでもありません。40歳で開業して70歳で引退するとしても30年間、場合によってはそれ以上の期間を開業医として働き続けることになるのです。
多くの場合、開業してすぐに繁盛したら成功、逆に開業しても全然患者さまが来ないなら失敗と、開業後の数年間で成否を判断されやすい傾向にあります。しかし長い開業医人生で考えれば、ごく一部の期間にすぎません。
一時は繁盛していたクリニックも、競合が増えて患者さまが来なくなるということもよくあります。開業が成功したか失敗したかというのは、引退時になって初めて評価できるのではないでしょうか。これは収入だけでなく、開業医としての幸せにも同じことが言えます
今後のクリニックの動向
クリニック経営の観点から20年後、40年後の未来を予想してみると、残念ながら開業医にとって厳しい未来がやってくることは間違いありません。
クリニック経営における重要な指標の一つが1クリニックあたりの売上です。売上は1回の診察にかかる会計金額(単価)と患者数によって左右されます。そのため、患者数の増減だけでなく、国家政策も大きく影響するのです。
たとえば、診療報酬のマイナス改定は1患者あたりの単価減少につながりかねません。また、リフィル処方箋やオンライン診療の普及、患者自己負担率の増加による受診抑制、OTC医薬品導入品目の増加による受診抑制は、患者数の減少につながるでしょう。これらが今後のクリニック経営にどの程度影響するかを正確に測ることはできませんが、楽観視しない方が良いと思います。
さらに、人口減少や開業医の増加により、クリニック経営は一層厳しくなる可能性が高いです。あくまでも予想ですが、国内の人口とクリニック数の推移をもとに計算してみると、2020年時点では1クリニックあたり1,260人の患者数だったのが、2040年には880人にまで減少すると考えられます。今後20年間で実に3割もの減少が見込まれるのです。
実際には、クリニック数が増えたり高齢化が進んだりすることによって医療需要が増えることもあるので、「1クリニックあたりの患者数はそこまでは減らない」という考え方もあるかもしれませんが、経営を志す以上は最悪の状況を想定しておくに越したことはありません。
このように1クリニックあたりの患者数が減ることで、クリニックの小型化は避けられないと予想されます。既に開業している場合でも、家賃を減らすために縮小移転することもありえるでしょう。家賃が高い都心であれば、医療事務や看護師を雇用せず、予約制やITシステムを駆使して「できるだけ小さく・できるだけ少なく」運営するようになるかもしれません。
実際、歯科医院では既に似たような現象が起こっています。昔よりも虫歯が減ったことにより需要が減ったものの、歯科医の数は増えており供給過多となりました。その結果、1クリニックあたりの患者数が激減し、今では院長1人で運営している歯科クリニックも珍しくありません。
他の診療科においても、今後同じような道を辿る可能性は十分にあります。長い目で見なかったがために大きく開業しすぎてしまい、アルバイトの医師よりも収入が少ない状況になったらどうでしょうか。長年借金の返済にばかり費やすのは幸せと言えないでしょう。
遠い将来を見越したうえで、競争が激しい地域や激しくなるであろう地域を避けて開業した方が賢明かもしれません。あるいは、売上が減ったとしても経済的・精神的にストレスなく続けていけるクリニックを目指していくのも一つの選択肢です。
立地を征せばクリニック経営も征する
今回述べてきたように、どこでクリニックを開くかは、経営を左右するほど重要なことです。良い開業場所を選ぶには、徹底的な事前調査・準備が欠かせません。ご紹介してきた内容が、少しでも皆さまにとって役立つものであったなら幸いです。
今後も立地について掘り下げた記事を連載していくので、お時間のあるときにぜひ他の記事もご覧いただければと思います。以下の書籍も発売中です。