子供や従業員へ継いでもらう方法(継いでもらうために必要な準備編②)

<本連載について>
事業承継と聞くと、引退を迫られているようで前向きになれなかったり、何から着手すればよいのか分からなかったりで悩みや不安を抱えている方も多いと思います。本連載では「今日からはじめる事業承継」と題して、院長が抱える事業承継への不安を1つでも解消し、笑顔で事業承継を終えるために役立つ記事を発信していきます。

〈今回の記事について〉
前回は、どのような準備をすれば円滑に事業承継を進められるかという点に着目し、『資料』『第三者の視点』『逃げ道』の3つが必要であるとお伝えしました。「継ぐ側」にとって欲しい情報が集められている資料の大切さを説きましたが、今回は残る『第三者の視点』と『逃げ道』について解説したいと思います。

【今日からはじめる事業承継4日目】
親子だからこそ承継の話をするときは一工夫

私たちはこれまで数多く事業承継の場面を目の当たりにし、経営者から当時の状況を聞きましたが、親子が1対1で話し合うのではなく、あえて第三者を介入させる方が事業承継の話がうまく進むケースも見てきました。

なぜ、家族の話に「赤の他人を巻き込まなければいけないんだ、首を突っ込まれたくない」と思い聞いている先生方もいるかもしれません。仰る通り全てのケースで第三者を介入させる必要はないと思います。ただ、何年も継ぐのか継がないのかふわふわと宙ぶらりんの状態が続いていたり、親子間で事業承継がタブーな話題になっているような場合は、「第三者を入れたほうがいいケース」に当てはまるでしょう。

このような場合、親は「できれば継いでほしいが、苦労も掛けたくない」と子を想い、子も「親の継いでもらいたいという気持ちを汲み取りたい」と思う反面、決断ができないという状態に陥っていることが多い印象を受けます。

そこで、膠着状態を打開する方法として、あえて第三者を介入させ承継の話をファシリテートしてもらう方法もあります。ファシリテートとは、会議やミーティングを円滑に進めることを意味する言葉で、この役割は医療機関の会計事務所の税理士などに担ってもらうのも良いでしょう。

ファシリテート役を入れる3つのメリット

では、ファシリテート役を入れることによりどんなメリットが生まれるのでしょうか。

まず1つ目は、聞きにくいことを質問する「引き出し」の役割です。
例えば、子に「いつになったら病院へ戻るんだ」あるいは親に「お父さんは何歳まで病院で務めるんだ」と直接聞きにくいことも多々あるかと思います。直接聞きにくいことはファシリテート役をクッションにして「勤務医としてまだやり残していることはありますか」「いまの働き方に無理は生じていませんか」と投げかけることで本音を角が立つことなく引き出してゆくことができます。

2つ目は、お互いの要望を整理して「優先順位」をつける役割です。
これはファシリテート役が親子それぞれと1対1で事前に打合せを行います。「いつ頃までに引退をしたい」「退職金はこれくらいほしい」、「専門医を取るまで承継は控えたい」「給与はこれくらいほしい」など親子間でもたくさんの要望が出てきます。そのような要望をすべてぶつけ合うと収集が付かなくなるため、ファシリテート役が優先順位をつけ、どこまでが許容できるか線引きを行い話し合いに臨みます。

最後3つ目は、理事長と後継者が納得のいく「落としどころ」を見つける役割です。
ファシリテート役が親子の本音や要望を整理しながら、どちらかの意見に偏り過ぎない着地点を見つけていきます。話し合いの場でいきなり意見や要望を出すのではなく、事前にファシリテート役に伝えておいたことですっきりしているため、落ち着いて相手の意見やファシリテート役の言葉にも耳を傾けられるのもメリットでしょう。

このようにファシリテート役というポジションを上手に使うことで、お互い気持ち良く事業承継の話を進めることができるでしょう。

【今日の知識】
ご子息の本音を引き出す「逃げ道」を準備

逃げ道と聞くとあまりいい印象を受けませんが、この逃げ道というのは親側にとっての「逃げ道」ではなく、「継ぐ側」もしくは「子供」にとっての逃げ道という意味です。
では、逃げ道とはいったい何を意味しているのでしょうか?

逃げ道とは、子供が「継げない」「継ぎたくない」という決断に至った場合、残される承継の選択肢を伝えてあげることです。子供も人間ですから心のどこかでお父さんの病院・診療所を継いであげたいという気持ちはあると思います。

ただ、「いまは集中しているものがあるという気持ち」や「経営者になるのは自分に荷が重いという本音」をしっかり引き出してあげることが、ある種の親心なのかなと思います。

本稿を読んでいる皆様の中にもお子様のやりたいことを尊重してあげたいという方がたくさんいらっしゃると思います。

「お前が継がないのであれば、それはそれでいい、ちゃんとその時のことも考えている」という一言が「逃げ道」であり、ご子息を安心してあげられる一言だと思います。では、どのような逃げ道があるのか、最後に確認をしておきましょう。

3つの「逃げ道」

1つ目はずばり院内承継です。
「代案というわけではないが常勤の〇〇先生に声をかけてみようと思う。彼だったらこの病院のこともこの町のこともすごくわかってくれている。職員や患者からの評判も良いし力になってくれそうだ。」と誰に声がけをするか見当がついているだけできっとお子様も安心できると思います。

2つ目は第三者承継(M&A)です。
「先日、M&Aのアドバイザーから話を聞いたけれども、昔みたいな乗っ取りみたいなことはないそうだ。承継した後も理事長職を続けながら勤務ができ、しっかりと退職金も準備してくれ、借入金の連帯保証も外せたりとメリットも多い。建て替えも控えているため、大きな病院グループと一緒になるという選択肢も考えている。」このような準備もやはり安心感を与えられるでしょう。

3つ目は閉院あるいは病床を削減して診療所になるといったような方法です。
この場合もタダで閉院できるわけではありませんので、お前に負担をかけることはないから安心してほしいの一言が添えてあげられるといいでしょう。

『継いでもらうために必要な準備編』のおさらい

連載『今日から始める事業承継』では、ここまで後継者に病院・診療所を継いでもらうために必要なものとして3つの準備をしてほしいとお伝えしてきました。

1つ目は資料。
病院の基礎情報から内部外部の環境、将来の構想まであるとベストです。更にはお金に関する部分として建て替え費用や税金関係、法人価値の算出もしておくことで承継する側のモチベーションも変わってくるというお話をしました。

2つ目は第三者の視点。
親子が1対1でなく第三者を交える方がかえって承継の話が進みやすいことをお伝えしました。ファシリテート役を上手に使うことで、お互いの本音や要望を引き出し納得のいく着地点を見つける手助けをしてもらえることをお伝えしました。

3つ目は逃げ道。
「無理に継がなくても大丈夫だ。ちゃんとその時のことも考えている」という一言は、予備の選択肢を準備しているからこそ言える言葉です。院内承継なのか第三者承継(M&A)なのか、あるいは閉院や病床削減なのかあらゆる選択肢を考えておく大切さをお話ししました。

ただ、これら3つをすべて経営者である理事長が準備をするのはさぞかし大変なことだろうとも思います。日常の診療に普段の経営もあり余裕がある方は少ないと思いますので、私たちのようなプロの手を最初から借りてしまうというのも1つの手立てとして考えておくとよろしいかと思います。

本記事のまとめ

今日からはじめる事業承継4日目は、『第三者の視点』と『逃げ道』について解説をしました。ファシリテート役を上手く使いながら着地点を探り、子供のために予備を承継の選択肢を準備しておくことは親子の関係に少しも亀裂を生まないという点でも大切な準備だと思います。

次回からは知っているようでよくわからない第三者承継(M&A)のあれこれについて解説をしていきます。

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この記事の著者/編集者

西山賢太 株式会社fundbook アソシエイトヴァイスプレジデント 

株式会社fundbookヘルスケアビジネス戦略部所属。薬剤師・調理師・医療経営士。埼玉県済生会川口総合病院にて薬剤師としての実務経験を得た後、新たな視点で医療業界に貢献したいという思いから株式会社fundbookへ入社。病院・診療所における事業承継やM&Aのほか、事業計画策定・病床機能転換など経営支援にも携わる。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。